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大阪高等裁判所 昭和31年(う)1054号 判決 1957年3月19日

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人等の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意及びこれに対する検察官の答弁は記録に綴つてある被告人三名の弁護人佐伯千仭名義控訴趣意書及び大阪高等検察庁検察官検事斎藤欣平名義答弁書にそれぞれ記載してあるとおりであるからこれを引用する。

右弁護人の論旨第一点について

所論は原判決が被告人等の本件出荷阻止行為を違法と結論したことにつき矛盾ないし理由のくいちがいがある旨主張する。

よつてまず本件争議の経過を見るに原審において取調べられた関係証拠及び当審における事実取調の結果を綜合すると千曲製作所においては(一)被告人保木健次の解雇問題(二)給与体系改正問題(三)賃金値上問題(四)退職金制度を含む労働協約締結問題を対象として昭和二九年二月初旬頃から労使間に数次に亘り団体交渉が行われ同月二〇日経営者において臨時工員の被告人鳥元一之を期間満了の理由でもつて解雇したことからこの解雇問題も新たに争議の対象となり引き続き同月二二日、二四日、二五日、二七日及び三月一日の五回団体交渉が開かれその間組合側は二二日の団体交渉の席上無期限同盟罷業を宣言し爾来目的貫徹のため製品等の出荷阻止行為に出たこと、これに対し経営者は種々の方法を用いて製品ないし素材を小出しに出荷していたが組合側に発見せられて阻止せられたことも一、二回あつて思うとおりの出荷ができなかつたこと、このような関係から経営者は二四日の団体交渉の際製品等の出荷について話合をしようとしたが組合側から一蹴せられ更に団体交渉とは別個に日を異にして組合幹部にその交渉を試みたがこれも拒絶せられたので製品等の円滑な出荷は到底期待し得られないような情況にあつたこと従つて経営者は出荷方法について苦慮しているうち同月二七日一部外注先から出荷の遅延を理由として解約を申渡される破目に陥つたこと、二七日の団体交渉のとき組合側において翌二八日の日曜には経営者が出荷をしないことを条件として三月一日に団体交渉をすることを同意した関係上経営者は二八日には全然出荷しなかつたこと三月一日の団体交渉も結局妥結しなかつたため更に翌二日に持越されることになつたが二日午前一〇時からの団体交渉の際には出荷問題に関しても話合をする旨取極められ双方間にその旨の書面が取かわされたことがそれぞれ認められるのである。ところで弁護人は三月二日午前一〇時からの団体交渉を一、二時間後に控えた同日午前八時三〇分頃突如抜打的に行われた経営者側の本件出荷は一面において労働法上団体交渉の約束を蹂りんする不当労働行為であり他面信義誠実の原則が行われる市民法上の契約違反行為であつて違法である旨主張するからこの点につき検討するに本件争議は已に説示したとおり冒頭掲記の(一)乃至(四)及び被告人鳥元の解雇を繞る五項目の要求事項について行われ製品等の出荷問題は争議に随伴する必然的結果として派生した附随的紛争であるところ労働協約その他特段の協定のない本件における争議中の製品出荷は本来経営者の自由であり組合は単に平和的説得方法によりこれを阻止することができるだけであつてその限度を超えた暴力手段による阻止は正当な争議行為といえないのであるから三月二日の団体交渉における出荷問題というのも結局は出荷を繞り労使間に生ずべき紛争ないし摩擦を防止するため出荷条件を協定するのが目的であつて団体交渉の妥結を見るまで経営者側の出荷を禁止する趣旨でないことは記録中の諸資料からこれを窺知することができるのである。そうだとすれば三月二日午前一〇時からの団体交渉の際出荷問題をも併せて話合をする旨の前記取極があつたとしてもこれがため経営者の業務行為である製品の出荷が当然に停止せられたものとすることはできないのみならず右取極めの書面が取交された後親会社である新三菱重工業京都製作所から製品納入の遅延を責められ解約の上素材の返還要求を受けるに至つたため経営者は従前団体交渉の経過に照らし自衛上やむなく三月二日午前一〇時の団体交渉開始に先だち本件製品の出荷をしたことが証拠上認められるから右のような事情の下において行われた出荷行為をもつて論旨のいうような団体交渉の約束を蹂りんした不当労働行為とすることは妥当でない。ところで被告人等により行われた右出荷に対する阻止行為が後段説示のとおり平和的説得の限度を遥に超えた暴行行為である以上正当な争議行為といえないから労働組合法第一条第二項本文の適用のないことは茲に多言を要しない。従つて他に違法ないし責任阻却の事由のない限り被告人等は到底その刑責を免れ得ないのであつて本件出荷行為が仮りに所論の如く契約違反の行為であるとしても唯そのことにより阻止行為の違法性が阻却せられるものでない。論旨は経営者側の本件出荷行為は陰険な計画的欺討ちであるとか経営者の企業状態が団体交渉を待てないほど急迫していた事情は認められない旨いうが所論の理由のないことは前段説示に徴し明らかである。次に論旨は被告人等の出荷阻止行為をもつて団体交渉権防衛のためやむなくなされた正当防衛行為であるとか他の行為の期待不可能である旨主張するからこの点につき按ずるに経営者の本件出荷行為が不当労働行為となし難いことは已に説示したとおりであるから不当労働行為であることを立論の根拠とする所論はその前提を欠くのみならず仮りに不当労働行為の疑あつて違法視せらるべく従つて出荷阻止が防衛行為としてなされたものとしても本件の如く平和的説得阻止の限度を遥に超えた暴行行為は刑法第三六条第二項にいわゆる「防衛ノ程度ヲ超エタル行為」と認定せざるを得ないのであつてしかも同条同項所定の情状は記録上これを認めることが出来ないから正当防衛の主張は理由なくこれと同一結論に出た原判決は結局相当である。また他の行為を期待することは必しも不可能とは認められないから期待不可能を主張する所論も採用し難い。これを要するに記録を精査し当審における事実取調の結果をも併せ検討しても原判決には理由くいちがいないし事実誤認の廉は毫も認められないから論旨はすべて理由がない。

同第二点について ≪省略≫

同第三点について ≪省略≫

同第四点について ≪省略≫

よつて刑事訴訟法第三九六条第一八一条第一項本文第一八二条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 吉田正雄 判事 山崎寅之助 大西和夫)

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